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団地・マンションの建設と増え続ける人口-昭和から平成へ-

公開日 2014年12月01日 00時00分

団地・マンションの建設と増え続ける人口-昭和から平成へ-

昭和30年代に入ると、日本住宅公団(現在の都市再生機構)が、上福岡駅西側の農地に霞ヶ丘団地(昭和34年入居開始、1793戸)を、駅東側の造兵廠(火工廠)跡地に上野台団地(昭和35年入居開始、2080戸)を建設し、県内初の千戸を超える大型団地として注目を集めました。

この2つの団地には、20~30代の若い家族や東京への通勤者が多かったため、上福岡駅の利用客が急増し、東武鉄道は、昭和34年に上福岡駅を東武鉄道初の橋上式駅舎に改築しました。

さらに団地が建設された頃から、その周辺では住宅建設が進み、人口が急速に増え始めました。

これにより、福岡村は昭和35年に福岡町に、昭和47年に上福岡市になりました。

大井村も、工場誘致と東京のベッドタウン化が進んで昭和41年に大井町になりました。

平成5年のふじみ野駅開業の前後に、大規模なマンション・住宅建築が始まり、平成17年10月に上福岡市・大井町が合併してふじみ野市が誕生してからも人口の増加は続いています。

霞ヶ丘団地12[1]

上野台団地の風景(昭和40年代)

地図

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社会教育課 文化財保護係
TEL:049-220-2088

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